瓶詰ブログ

見た目は四十、心は中2

「成功者」になれなかった人のために

まあ色々と矛盾を含んでいるし、今更な話ではあるのですが。

 

最近、子供の教育費や老後の資金などお金のことを考えていた。株やら保険やら投資信託やらのYouTubeばかり見ていたので何だか物凄く疲弊してしまった。

この手の財テク(言い方が古い)動画では「成功者」「経済的自由」などマルチ商法の勧誘でしか聞かないようなワードが連発されるためその度にいろんな思いが心を通り過ぎていき気づくと結構なHPを削られていたりする。

 

そんな動画を見ている時点で自分も当然成功者ではないということになる。今のところ取り立てて困窮してはいないけれど常に薄氷の上を歩いている状況ではあるので、この「成功者」「経済的自由」という言葉にはどうしても焦燥感を煽られてしまう。

 

おそらくそのような言葉遣いをしたほうがYouTubeの再生数が伸びたり、書籍やらセミナーやらへの誘導をしやすくなったりという事情もあるのだろう。だからそれ自体が悪い,やめてくれ、と主張するつもりはない。そういう商売そのものは誰にも止められない。

 

いわゆる「実用的」なコンテンツ、例えば上記のようなお金の話だったり、仕事上のライフハック的な情報だったりはどうしても読者のリテラシーを啓蒙する、という建て付けのもとに発信されることが多い。マネーリテラシーを上げろ、情報のリテラシーを上げろ……などなど。もちろんリテラシーそのものの大切さには異論はない。けれどもその啓蒙の裏には常に広告のインプレッションを稼ぐための仕掛けが発信者の意図を問わず不可避的に内包されており、その仕掛けと渡り合っていくことにどうしても神経を削られてしまうのだ。

 

これは無料でコンテンツを受容するためのコストでもあるので、ある意味では当然のことでもある。このブログにしても、今のところ大したpvもないので自分の収入になる広告は貼っていないけれど、始めるにあたって広告収入のことを全く考えなかった、と言ったら嘘になるし今後何かの間違いでアクセスが急増したらアフィリエイトなりを貼り付けるだろう。

 

そういう意味ではネットvs書籍、別の言い方をすれば無料+広告コンテンツvs買い切りコンテンツの議論は、不毛ではあるものの広告誘導への意図を勘ぐらなくてすむというのは書籍の利点といえるのかもしれない。特にYouTubeはブログ等のテキストコンテンツと比較してこの傾向がより顕著といえるだろう。まあ書籍だからと言って全く商売っ気がないわけでもないので単純に信用はできないけれど。

 

お金のことを考えて情報を探っていたら、他人の商売っ気に当てられてしまったという取り留めのない話でした。