瓶詰ブログ

見た目は四十、心は中2

格ゲーはバカと暇人のもの、なのか 〜格闘ゲーム雑感

ここ3カ月ほど格闘ゲーム熱が高まっており、ゲーム可処分時間の多くを鉄拳7(PS4)に充てている。

格ゲーというのはとにかく覚えなければならないことが多く、また入力の手捌きそのものの修練も必要で、つまり人並みのプレイができるまでの時間がものすごくかかるタイプのゲームだといえる。

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僕の使用キャラのリリ(ようやく獣段が安定してきたくらい)

さらに厄介なのはそのゲーム性だ。相手の体力を削り倒せば勝ち、仮に体力1ドット差の勝負だとしても負けに温情はない。プレイヤーの技量のみを競うアゴンの究極形態だ。

加えて、最近は(といっても、バーチャ4からだから2001年か*1)段位システムという勝敗そのものとは別のインセンティブも準備されている。少しでも上の段に上がりたいし、馬鹿馬鹿しい話だけど自分より低段位相手だと強者風を吹かしたくもなる。さらにそれで負けたりすると悔しさもひとしおだ。また、セカンドシーズンからは段位スコアの増減が可視化されたことにより、いっそう強く勝敗に一喜一憂することになる。*2

このようなガチ対戦遊戯にインセンティブをプラスするとどうなるか。自己責任で賞罰をトレードしあう世界がそこに生まれる。

きれいな例え方をすると知的ゲームでタイトルを競い合う棋士、殺伐とした例なら褒賞を求めて戦う剣闘士。

ただ、最近気づいたのだけど、案外パチンコ、パチスロのような機械系ギャンブルと通じるものがあるような気がしている。

あるネットラジオに、格ゲーの有名プレイヤーが出演しており、そこでパチンコ・パチスロで金を稼いで、それを資金にゲームに投入する、といったことを話していた。

僕はそこで初めて格ゲープレイヤーとパチンコの親和性に気がついた。

パチンコにおいては間断なく射出される玉の軌道を追いかけ、目まぐるしく回転するリールを凝視し、格ゲーにおいてはフレーム単位で有利不利やダメージのやり取りをする。極短時間の間に抽選を繰り返し(パチンコの場合はそのものの意味で、格ゲーの場合は「相手の行動」という予測しづらい要素に対応すること)、その積み重ねで勝敗が決まる、という観点から見ると(強引だけど)両者の共通部分は小さくない。*3

この発見というか気づきは僕にとってはそこそこショッキングなものだった。

これは個人の感覚なので当然異論はあるだろうけど、僕はこれまでパチンコ的な遊戯をビデオゲームより下に見ていた。なす術もなく射出ハンドルを握ってリーチ演出やリールの表示に一喜一憂するパチンコはゲームとしての豊饒さがない時間潰しの遊戯、身も蓋もない言い方をすればいわゆるDQN的、ヤンキー的な「バカか暇人の遊び」と思っていた。

そんなパチンコと、思考の瞬発力と精緻な操作、その両方を求められる格闘ゲームが一部とはいえ共通項を持っているとは。*4

ただ、だからといって「もう格ゲーやりません」という気持ちにはなっていない。冒頭に書いたように時間的コスパの悪い趣味ではあるけれど*5、その楽しさも間違いのないものだ。

うろおぼえだけど、ナンシー関だったかが「人間はヤンキーとファンシーの2つの要素でできている」みたいなことを言っていたような。その言葉のココロは忘れたけれども、ヤンキー的思考、例えば強くなりたい、目立ちたい、利を得たい、反抗したい*6、威を示したい、認められたい・・・全て人間の行動原理として何の不自然さもないものだ。そして今挙げた欲求全てが格ゲーにも当てはまる。結局はこの世の多くの事象がそうであるように「程度の問題」なのだろう。

だから僕は「ヤンキー的」という理由で格ゲーをやめることはない。そのヤンキー性を受け入れ、気負わず弛まずプレイしていきたい。まあ、前述したようにとにかく時間がかかる遊びなので、入れ込み具合は考えていかなくてはならないけれど、うまいこと楽しんでいきたいと思う。

なんだかよくわからない宣言になってしまったけど、自分が楽しいと思うことは胸を張って楽しむ、それだけのことです。

とりあえず以上雑感、でした。

*1:スト2の1991年から段位システムが生まれるまでが10年、それから今は17年経ってるわけだから段位システムの歴史のほうが長いという事実

*2:鉄拳シリーズの段位システムのよくできている点は、数段ごとにグループ分けされているところだ。ただ段位が上下するだけでなく、例えば「もうすぐ拳段に上がれる」「数字段に落ちた」「獣段ごとき」といった階級間の越えられない壁のようなものがある。人の心をコントロールするには序列と分断が必要という好例だ

*3:囲碁、将棋も相手の行動に対する対処が求められるが、自身の手を打つことについての妨害=不確定要素はない。パチンコと格ゲーは自身の手を完全に実行するまでに運要素が絡む。不確定・不完全情報のゲームはもともとギャンブルとの相性がよいが、パチンコ・格ゲーの場合は抽選ターンの数がべらぼうに多い、というのが共通点ではないだろうか。ちなみに、同じビデオゲームでも対人でない=不確定要素が少ないアクションやシューティングの場合は事情が異なる

*4:もちろん類型に分類していけばどんなものにでもどこかに共通点はあるのだろうけど

*5:趣味とコスパの問題はあらためて考えたい

*6:「反抗したい」というのは僕にとっては「ゲームごとき」を好きと表明するというある種のROCK精神でもある